黒船開国によって日本が得た貿易利益

国際経済学の大きなテーマの一つに貿易利益がある。これは、貿易を行っていない国が貿易を行うことによって経済的便益を得ることができることを示すものであり、様々な研究家によってその存在の理論的証明がなされているし、国際経済学の教科書でも真っ先に取り上げられるテーマでもある。

このような貿易利益の存在については、理論的証明だけでなく、実証的な証明も必要であることは言うまでもない。しかし、この証明と言うのはなかなか難しい、なぜならこれを証明するためには、これまで全く貿易を行っていなかった国が、自由貿易を始めた時にどのような変化がもたらされていたのかを示すデータが必要だからである。

しかし、歴史を見るとこの貿易利益の証明にうってつけの国がある、それが日本だ。

ヒューバーは江戸時代の日本の統計データを用いて、日米修好通商条約によって開国を余儀なくされた日本が開国によって得た経済的利益について分析した*1
開国の際、日本は欧米諸国の圧倒的な軍事力に屈して、関税自主権を持たない不平等条約を結ばされており、5%以上の関税を課すことができなかった。このため、鎖国状態だった日本は一気に自由貿易に近い状態となったのである。

このような変化が物価や賃金にどのような影響を与えたのかについてヒューバーは当時のデータを用いて分析している。
外国との貿易が自由化されて日本の輸出品となったのは生糸や茶だった。これらの輸出品の平均価格は開国の前後で33%上昇することになり、生糸や茶の生産者の所得拡大に貢献した。一方、輸入品となったのは綿花、綿糸、綿織物、金属、砂糖などであり、これらの製品は外国から安い輸入品が入ってきた事によってその平均価格が開国の前後で55%下落して消費者にとって利益をもたらした。

結果、日本における生活必需品の価格は30%低下し、その一方で賃金は20%上昇したために、日本の労働者の実質賃金は70%近く上昇する事になったのである*2。これが、日本が鎖国から開国へと転じる事によって得た貿易利益なのである。

このように、日本の黒船来航をきっかけとした永い鎖国からの突然の自由貿易への変化によってもたらされた経済効果によって貿易利益の存在を示そうという研究の最近のものにはBernhofen and Brown(2005) "An Empirical Assessment of the Comparative Advantage Gains from Trade: Evidence from Japan" American Economic Review Vol.95 pp.208-225 などもある。

*1:Huber(1971) "Effects on Prices of Japan's Entry into World Commerce after 1858" Journal of Political Economiy, Vol.79 pp.614-628

*2:実質賃金とは貨幣単位で示された名目賃金を物価水準で割ったものであり、労働者の購買力を表す