最近の穀物輸出国における輸出規制政策について

国際穀物価格の上昇を受けて、所得の低い国を中心に食料価格の高騰に端を発する暴動のニュースが聞かれるようになってきた。

穀物価格が上昇傾向にあることは数年前から続いていることだが、最近は穀物輸出国の一部が輸出税や輸出数量枠の設定による輸出規制政策を行うようになったために国際穀物価格の更なる上昇へとつながっている。

穀物輸出国の輸出規制政策の例を挙げると

  • ロシア:国内の穀物需給の緩和のため、政府は大麦、小麦に、それぞれ30%、10%の輸出税を課し、輸出を規制。
  • アルゼンチン:国際価格の高騰に伴う過剰な輸出を回避するため、政府はとうもろこし、小麦・小麦粉の輸出承認の登録手続の停止や、牛肉について2005年の輸出量の50%までの輸出枠の設定等により輸出を規制
  • ベトナム:台風による不作等により、国内の米価格が高騰したため、政府は米について既契約や政府契約を除く輸出を禁止
  • インド:急速な経済発展に伴うインフレを抑制するため、政府は米、小麦、乳製品の輸出を禁止。また、タマネギの輸出を禁止

(「これからの世界の食料需給は我が国にどう影響するのか」農林水産省資料より)

などがある。一般的な部分均衡分析からわかるように、国際価格の上昇は生産量と輸出量を増加させる事によって生産者の利益を増加させる一方で、国内価格の上昇によって消費者は損失を被る。特に、穀物価格の上昇は食料への支出割合が多い低所得層により重大な損失を与えるために、国内情勢の安定を考えると国際穀物価格の上昇によって輸出量が増加することは政府としては好ましくないわけである。

輸出税や輸出規制といった政策は生産者にとっては輸出することによって得る生産者価格が低下するために、国内価格の低下と国内消費の増加を通じて消費者の利益を増加させる。
例えば1単位の国際価格100円の穀物が輸出されている時、国内価格も共に100円であるが、1単位の穀物輸出に対して10円の税が課せられると生産者が穀物1単位の輸出をする事によって得る収入は90円になるため、輸出よりも国内に供給することを選ぶだろう。すると、国内価格も下がり始め最終的には90円となる。

しかし、問題は穀物輸出国による輸出量の規制がさらなる国際価格の上昇をもたらしていることである。
穀物輸出に対して10円の課税を行っても国際穀物価格が上昇して110円になってしまえば、国内価格はやはり100円となってしまうのである。
ここまで極端に国際価格が上昇しないかもしれないが、少なくとも輸出規制による国際価格の上昇が、国内価格を安くしようとする政策の目的の実現に対してマイナスの効果を持つことはわかると思う。

国際価格の上昇に対して国内の消費者の利益を守るとするのであれば、輸出規制政策より政府が国際価格で農民から穀物を買い取って安価で国民に販売する買い上げ政策の方が良いはずだ。
政府の買い上げ政策と輸出規制政策の大きな差は、輸出規制政策の場合は生産者にとって穀物生産によって得る価格(生産者価格)は国際価格よりも低下するために総生産量が減少するのに対し、政府の買い上げ政策の場合は生産者価格は国際価格のままなので総生産量は変わらないところにある。
このため、同量の国内消費量の増加がもたらされるときの輸出量の減少は政府の買い上げ政策の方が少なくなるため、国際価格の高騰も抑えられるのである。

しかし、政府にとっては輸出規制のほうが得である。なぜなら、輸出規制の場合は国際価格の高騰によって税収増が見込めるのに対し、買い上げ政策の場合は政府は支出増となるからだ。財政を考えるなら輸出規制のほうが良いわけである。
このように、輸出国政府の都合による政策選択が、不必要な国際価格の高騰をもたらしているのである。

さらに問題がある。国際穀物価格の上昇は長期的には農業生産の増産のための投資や技術開発へのインセンティブをもたらす。特に、穀物価格の上昇に困る輸入国では国内穀物生産の増加のための投資や技術開発が活発化してくるだろう。
もし穀物輸出国が輸出規制政策によって生産者の増産へのインセンティブを抑制し続けるようだと、これから起こる農業生産増加のための投資や技術開発の流れに乗り遅れる事になるかもしれないのである。

これらのことを考えると、輸出規制政策は輸出国自身にとってもベストな政策とはとても言えないわけである。