推薦図書「選挙の経済学〜投票者ななぜ愚策を選ぶのか」

選挙の経済学

選挙の経済学

衆議院選挙があるからってわけじゃないですが、読んでみました。

内容は、民主主義の根幹をなす選挙が国家が合理的な政策を選択することを阻んでいるというものであり、民主主義の欠点を鋭く指摘しているものである。

著者はまず、米国の国民の経済に対する意識が、経済学者の判断する経済学的に合理的な判断と乖離していることを指摘する。すなわち、国民の選好は非合理的な偏りがあることを示している。

代表できな偏りとして、筆者は「反市場バイアス」「反外国バイアス」「雇用創出バイアス」「悲観的バイアス」の4つがあると指摘している。その内容は次のようなものである。

「反市場バイアス」市場メカニズムがもたらす経済的便益を過小評価する傾向
 利己的な行動を行う企業が市場における競争を通じて公共の価値に貢献していることは経済学者には常識だが、一般の人には理解されていない。人々は必要以上に企業家や銀行家、流通業者などを利益に群がる悪人と判断しがちである。

「反外国バイアス」:外国人との取引による経済的便益を過少評価する傾向
 国際貿易や国際投資、移民の受け入れによる経済的利益は経済学者には常識だが、一般の人には理解されていない。人々は外国人を我々から搾取する悪人と見がちである。

「雇用創出バイアス」:労働を節約することの経済的便益を過小に評価する傾向
 経済学者は、一定の経済的価値を生み出すための労働者が節約され、より少ない労働者と時間で大量の生産を行うことを経済の進歩と考えるが、人々はどんな仕事でも奪われることは社会的悪とみなす。
 例えば、工場の機械設備の進歩はより少ない労働者で大量の生産を行うことを可能とするが、それによって労働者が今までやっていた仕事を奪われることを一般の人々は悪とみなす。経済学者は、解雇された労働者が新しい職場で新しい経済価値を生み出すことの方を重視する。

「悲観的バイアス」:経済問題の厳しさを過大に評価し、経済の過去、現在、そして将来の成果を過小に評価する傾向
 経済学者は、様々な困難に直面しているにもかかわらず社会は確実に進化していると考えているのに対し、一般の人々は報道などで指摘される経済的脅威に過剰に不安になり、遠い昔を理想化する傾向にある。

このような投票者の考え方の偏りにより、選挙によって成立する政策は経済学的合理性とはかけ離れたものとなると筆者は主張する。

これは、投票者が愚かだということを言いたいわけではない。選挙において、人々は自分の一票が政策の決定に重大な影響を与えるわけではないことを知っている。このため、人々は買い物や投資など自分の利害に大いに関係する経済的行動とは異なり、選挙の際に社会的に合理的な政策の判断をしようとせず、自分がこうあってほしいという願望で投票行動を決定するからである。つまり、合理的に非合理な振る舞いをするということが議論の核心なのだ。

この議論は、経済学教育にも重要な示唆を与えている。一般的に経済学者は断定的な結論を避ける傾向にある。一つの政策的結論には長所(ベネフィット)と短所(コスト)があり、経済学者はその両方を説明しがちだ。意外と経済学者は謙虚なのだが、そのことが一般の人々へのメッセージ性を弱めていることを指摘する。経済学者の第一の使命は、人々がもつ非合理なバイアスに対して、なぜその考えは間違いなのか、本当に合理的な考え方とはどのようなものかを明確に伝える必要があるというのが、筆者の経済学者に与えるメッセージとなっている。

特に国際経済学者は人々の「反外国バイアス」が使命であり、それを肝に銘じなければいけないわけですよね。心に刻んでおきます。