賢い政府と企業家精神の新結合

日本経済新聞09年6月8日5面 コラム核心より
 
賢い政府と企業家精神 大不況脱出へ新結合を
 
 ジョン・メイナード・ケインズ有効需要の不足に財政の役割を説き、ヨーゼフ・アロイス・シュンペーターは企業家の革新(イノベーション)を発展の土台と考えた。・・・いま求められるのは、「賢い政府」と「企業家精神」をどう組み合わせるかである。ケインズシュンペーターの「新結合」にこそ、大不況脱出のカギがある。 
 
 歴史が皮肉なのは、自由な市場経済を誇った米国が「公的資本主義」に足を踏み入れたことだ。保険トップのアメリカン・インター・ナショナル・グループ(AIG)、銀行トップのシティグループの公的管理に続いて、自動車最大手のゼネラル・モーターズ(GM)が実質国有化された。
 「大きすぎて、つぶせない」は金融システムに影響が大きい主要金融機関に限られていたはずだ。ところが「ウォール・ストリート」(金融)だけでなく「メイン・ストリート」(実業)も公的救済されるのである。市場の失敗には政府の介入が避けられないが、明らかな経営の失敗を政府が救済すれば資本主義の原則を踏み外すことにもなりかねない。
 
(中略)
 
 「公的資本主義」は日本にも忍び寄る。一定規模以上の企業に公的資本を投入できる政策は運用を誤れば市場経済モラルハザード(倫理の欠如)を生む。出井伸之ソニー前会長は「安易な企業救済は資本主義をゆがめる」と警告する。
 行き過ぎた政府介入が問題を残す一方で、「みんなケインジアンになった」意味は小さくない。世界経済危機を回避するため新興国を含め20カ国・地域(G20)がいっせいに財政刺激に動いたのは時宜を得ていた。失われた時代の日本の財政出動は効果が疑問視された。開放経済の下で需要が流出すると考えられたからだ。しかし地球経済それ自体は「閉鎖経済」である。協調的財政出動によるグローバル・ケインズ主義は一国主義よりずっと効果がある。
 問題はそうした財政出動ケインズが説いた「賢い支出」(ワイズ・スペンディング)であるかどうかだ。吉川洋東大教授は賢さとは「財政支出と規制改革を組み合わせ、民需主導の持続的な経済成長を目指すことだ」と語る。定額給付金などばらまき政策は賢い支出には程遠い。「いつまでも官公需には頼れない。出口戦略も大事になる。」と吉川教授は指摘する。
 危機に際して重要なのは、ケインズシュンペーターの二大経済学をどう結合するかである。
 
(中略)
 
 二大経済学の統合モデルとして、吉川教授が提唱するのは「需要創出型のイノベーション」である。供給サイドの改革を需要の創出に結びつけ、成長の源泉にする考え方だ。
 その典型例はオバマ大統領が提案したグリーン・ニューディールである。太陽光、風力発電など新エネルギー開発。ハイブリッドカーや電気自動車など次世代の自動車。賢い政府なら、こうしたグリーン分野を積極的に支援するとともに、地球温暖化防止に高い目標を掲げるだろう。
 企業家精神を生かすのなら、企業はその高い目標に果敢に挑戦し自ら事業機会を広げるはずだ。低炭素革命は21世紀の産業革命である。どんな企業も「低炭素企業」をめざすことだ。シュンペーターが指摘したように「鉄道を建設したものは駅馬車の持ち主ではなかった」。新分野に無縁な企業家にこそチャンスがある。
 「賢い政府」と「企業家精神」を結合できれば、大不況脱出に道が開ける。模索の時期を経て「新しい資本主義」の時代が到来する可能性も出てくる。

世界金融危機以降、手当たりしだいな財政出動が世界中で広がっている。世界規模の財政拡大の中で「新自由主義」の反動ともいうべき「公的資本主義」の台頭は世界経済の構図を大きく変換させるものだ。行き過ぎた市場の自由化が招いた経済危機を政府の介入によって揺り戻そうというものである。

しかし、上のコラムにあるように、安易な政府の介入の増加は民間の活力を停滞させかねない。政府の介入は落ち込む経済を支えるぐらいの役割は果たせるが、経済を上向かせる活力を民間に生み出すことに関しては逆効果になると考えられる。

財政支出による経済介入は一時的な需要の埋め合わせにしかならない。世界経済を持続的な経済成長の軌道に戻すためには、経済成長をもたらす新しい原動力を見つけてこなければならない。

ここ15年ほどの世界経済の成長の原動力は金融革命と金融システムのグローバル化に伴う過剰消費と、それに伴う新興工業国の工業化であった。しかし、金融危機によって信用収縮が発生している中、このメカニズムはしばらくは起こらないだろう。

だからといって、高度経済成長期のように、公共投資による成長も望めないだろう。

そうなると、成長の原動力はイノベーションしかありえない。というか、近年のマクロ経済学(内政的成長論)ではイノベーションが成長の原動力となるのは当たり前の話であり、奇抜な話でも何でもない。

というわけで、政府の政策もイノベーション誘発的であることが望ましい。それが、吉川教授の提唱する「需要創出型のイノベーション」となるわけだ。

しかし、イノベーションの促進と大規模な財政出動はペアで必要なものではない。イノベーションの促進には財政的な支援も必要だが、それ以上に必要なのは規制改革や特許法などの法的整備などのソフトインフラの整備である。そういう意味では、吉川教授の「需要創出型のイノベーション」がケインズシュンペーターの結合といわれれば疑問だ。

ケインズ的財政政策はあくまで景気の下支えの目的として行うものであり、不況からの脱出はイノベーション促進のための規制改革・大胆な技術政策(民間のR&D活動に対する支援・産学連携の促進など)で行うべきものであろう。

ケインズ的財政政策と成長戦略をミックスすると、アニメの殿堂みたいな意味のない箱モノのようなものを増やすだけだと思われる。

なので、安易にケインズシュンペーターを結合させて「賢い支出」といわれるのは抵抗を感じますね。

今日はこの辺で