米国発保護主義への警戒

日本経済新聞12月8日付5面 コラム核心より

米国発こんどは保護主義

 78年前、米国のスムート上院議員と、同じ共和党ホーリー下院議員が提案した関税引き上げ法が成立した。この法律に基づき米国は2万品目以上の関税を大幅に引き上げる。法案審議中から他国の報復的な関税上げが始まり、世界恐慌を深刻化させた史実は教科書でおなじみだ。
 そのスムート氏はいかに身勝手で無知な人物かと思いがちだが、さにあらず。信心深く、議員退職後は故郷のユタ州ソルトレークシティに帰り、モルモン教の指導者として尊敬されつつ生涯を閉じた。ホーリー氏はもともと、オレゴン州の大学で歴史や経済学を講じる学者だった。
 知性も良識も備えた選良が民意を受けて、世界をとんでもない方向に導いてしまう。そこに米国民主主義の怖さがある。

 先週、米三大自動車会社(ビッグスリー)は最大3兆2千億円の救済融資を国に頼むため経営改革案をまとめた。世論の6割が融資に反対だが、車の街デトロイトなど中西部工業地帯の民意はまた別。250万人の雇用創出を掲げるオバマ次期大統領は3社の支援に前向きである。
 今3社が破綻した場合の影響の大きさを考えるとある程度の融資はやむを得ない。だが決定済みの分と合わせ6兆円超と巨額のうえ、世界貿易機関(WTO)の補助金協定に触れるとの指摘もある保護策だ
 しかも最大手ゼネラルモーターズの再建案は「2012年までに労務コストをトヨタ自動車並みにする」などと破綻寸前にしては実に甘い。再建できなければ救済融資を繰り返すかもしれない。また外国の保護主義を誘発しかねない。
 すでに欧州連合(EU)は自動車業界からの約4兆7千億円の融資要請にこたえて、EU予算から約6千億円の融資を決めた。欧州投資銀行も数千億円の融資を検討中だ。米国への対抗意識むき出しである。
 とはいえ先進国としては恥ずかしい自国企業保護。米国もEUもそれに「環境対策」の大義名目を与える。オバマ氏は「環境対策に使うなら良いのでは」と言い、サルコジ大統領は「クリーンな車を作れと、何の援助もなしに言えるか」と呼応する。

 中前国際経済研究所の中前忠代表は「米国はいずれ自国の環境基準や安全基準を満たさないという理由から様々な分野で外国製品の輸入を規制しはじめるのではないか」とみている。
 米政府はインドの製薬会社からの30品目余りの輸入について「米国の安全基準を満たしていない」と停止した。長い実績がある企業への厳しい措置に首をかしげる関係者もいる。
 20カ国・地域の首脳は金融危機を受けた先月の会合で、保護貿易を防ぐためWTO多角的通商交渉の早期合意を申し合わせた。しかしどれだけ前進するか、大きな疑問符が付く。

(中略)

 最も困るのは外需依存度が高い日本。だが日本の政治家はなぜか、米国で進む保護主義に異を唱えない。それを言えば農業の市場開放を迫られるからか。
 スムート・ホーリー法案の議会通過後、フォード・モーターの創業者ヘンリー・フォードはフーバー大統領に拒否権を発動するよう説得した。同社が救済を求める今日、フォード氏の役割を引き受けるのは日本の政治家ぐらいなのだが。

ビッグスリーの救済策がWTO協定に触れるとは気付きませんでした。確かに、融資とはいえ補助金みたいなものですから自国企業の競争力を無理矢理強化するという意味では保護貿易政策です。そして、その動きに欧州が対抗しているというのも初めて知りました。ということは、関税戦争ならぬ、緊急融資戦争になるかもしれないということですね。

雇用を守るために自国企業を保護する。一見正しいように見えますが、他の国も我も我もと後に続くと、結局は税金の無駄遣いに終わる可能性もあります。そうなると、今度は外国企業の環境基準や安全基準などにけちをつけて自国企業保護への理由を見つけにかかる可能性が出てきます。

これもありえない話ではありません。実際クリントン大統領の時代、アメリカはWTO交渉に環境基準や労働基準といったものも交渉議題に挙げるべきだと提案したこともありますし、オバマ氏も選挙中は中南米諸国とのFTAについて労働基準などを考慮した見直しをするべきだと演説で述べていました。

そうすると、今後日本企業の国際競争力が心配です。まさか欧米に対抗して政府が支援することもできないでしょうから世界市場での風当たりが強くなるかもしれませんね。

今日はこの辺で