特許制度は経済成長をもたらすのか?

先進国における経済成長のエンジンといえば、イノベーション(技術革新)であることは、広く認められているところであり、多くの国が国内のイノベーション体制を整備・強化しようとしている。その際に、イノベーションを活発化させるために、イノベーションがもたらす経済利益を発明者が享受できるように知的所有権(特許・著作権など)を整備することが重要であると考えられている。
技術や知識、アイデアといったものは、生み出すためにはコストがかかるが、一度生み出されてしまうと、それを模倣するためのコストは開発するコストよりもはるかに低くすむことが多く、このため、苦労して開発したイノベーションが他者にいとも簡単にマネされてしまい、開発者が利益を得ることができなることがある。このような状況だと、開発者がイノベーションを行う誘因は弱まってしまい、技術開発活動が停滞してしまう恐れがある。
このため、政府が知的所有権を整備し、イノベーションを行う開発者がイノベーションによる利益を侵されることなく享受できるようにすることが、技術開発の活発化につながり、経済成長につながると考えられている。

しかし、最近は知的所有権に対して批判的な見解を示す研究も増えている。
その一つが、今回のブログ記事だ。

Creativity & Innovationより

Do Patents Increase Innovation?

このブログ記事ではJames BessenとMichael J. Meurerによる論文を紹介している*1。これによると、一般的な財産権は経済成長に有益な効果をもたらすが、知的所有権は経済成長に直接的な効果をもたらさないという結果が得られている。

この論文によると、歴史的にも知的所有権の強化によって技術開発が活発化されたという実例はなく、産業革命期には今ほど特許権が確立されていなかったにもかかわらず技術開発が活発に進む一方で、日本やアメリカが80年代後半から90年代にかけて特許権を強化する改革を行ったが、そのことによって研究開発がより活発になることはなかったことが指摘されている。

また、国際比較を行っても、特許制度の充実した国ほど経済成長率が高くなるという相関関係は観察されなかった。また、特許制度の充実とR&D(研究開発)支出には正の相関関係があるが、それは特許権の強化によってR&D活動が活発されているというよりは、R&D活動が活発になる事によって特許権の強化の要請があるためである。

ただし、製薬業界だけは例外で、この業界では特許権の強化がイノベーションを促進していると考えられる。ただし、他の業界では、特許を得るためのコストや特許権を強化・執行するためのコストが非常に大きく、特許権という法制度を用いるより、企業内の機密保持や、開発の先行による利益の確保、もしくは補完的な技術の開発など、企業の技術戦略によって開発による利益を確保しようとしている。

このように、様々な実例から著者は、特許制度は一般的な認識とは違い、イノベーションの活発化と経済成長の促進を必ずしももたらさないことを示している。

これは、なかなか面白い話である。最近、多国籍企業による中国におけるR&D活動に関する研究をしている時に、中国のような知的所有権の確立されていない国で先進国の多国籍企業がR&D活動を活発化しているのはなぜだろうかと思っていたのだが、その中で、多国籍企業知的所有権のような法制度よりも、技術戦略を工夫する事によって外国でのR&D活動による利益を確保しようとしているというものがあり、そのような多国籍企業の行動を明らかにしようとする研究が最近見受けられる*2

このことから、企業の技術開発に関する研究も知的所有権の是非から、技術開発による利益を確保するための企業の戦略的行動へと今後拡大していくのではないかという気がする。

そんな研究ができればいいのだが。。。

今日はこの辺で

*1:*Bessen & Meurer, August 2008, “Do patents perform like property?” Academy of Management Perspectives, pp. 8-20.

*2:例えばZhao (2006) “Conducting R&D in Countries with Weak Intellectual Property Rights Protection”, Management Science (52) 1185-1199やQuan and Chesbrough (2008) “Hierarchical Segmentation of R&D Process and Intellectual Property Protection: Evidence from Multinational R&D labs in China”, Massachusetts Institute of Technology, 2008 Industry Studies Annual Conference paperなど