国内のグローバリゼーションと国際的なグローバリゼーション

国際経済学とは貿易によるモノの国際取引、資本移動に伴う資金の国際間移動、移民や出稼ぎ労働者による労働者の国際間移動。そして最近では多国籍企業に代表される企業活動(生産・販売・開発)の国際化などが自由に行われることによる経済的利益を説明することが一つの目的となっている。

この際に面白い視点だと思うのが、国内の地域間における貿易や労働・資本移動の自由化という視点と国際間における貿易や労働・資本移動の自由化という視点の比較だ。

例えば、日本国内では地域間におけるモノの貿易に障壁はない。例えば、関西の製造業の雇用を守るために関東や九州地方で生産された工業品は関西で販売しては駄目だとか、関西で生産された製品とは別に課税しようということは法律でも許されていないし、実際にそういうことをやれと主張する人はいない。
同じように、地方から若者が都会に出てしまって、地方の活力が失われてしまうと嘆く声はあっても、だからといって地方から都会への労働者の移動を規制しようと主張する人は現われない。
東京資本のスーパーやコンビニが関東に進出してきても、関西資本を守るために東京資本の販売店の出展を規制しろという声はどこからも聞こえない。

なぜならば、国内における貿易や労働・資本移動の自由化が自分達の生活を良くするものを知っているからである。

しかし、これが国際間だと話は違ってくる。国内の別の地方からの農作物や工業品の購入には規制をしないくせに、外国からの輸入に対しては国内の雇用維持のために規制をしろという声は方々から聞こえてくるし、外国資本の進出に関しても外資に支配されるという恐怖感を常に表明するヒトがいる。(僕にしてみれば外国資本の進出より東京資本の関西進出の方が気に入らないのだが。。。そういう人は少数みたい)。
外国人労働に関しても、日本ほど厳しい国はないだろう。

実際は、それが国内間の取引だろうが国際間の取引だろうが、自由な貿易や労働・資本移動の自由化は経済を豊かにする力を持っている。
しかし、人々はそれが国際間の取引になると得したとか損したとか支配されるとかされないとか言い始めるのである。不思議なものだと思う。

そんな視点から貿易や労働・資本移動の自由化というものを考えてみるのも面白いんじゃないかなと思います。

今日はこの辺で