業務ごとのグローバル化

 
前回、製造業の海外生産の増加が国内雇用に及ぼす影響について書きましたが(http://d.hatena.ne.jp/eisakukun/20071217/1197901417)、同じようなテーマで経済産業研究所(RIETI)で国際共同セミナーが行われたので、今回はその事について書きたいと思います。
 
セミナーについての記事はここにあります。
 
注目すべきは、セミナーの参加者に、欧州の政策シンクタンクCEPR(Centre for Economic Policy Research)からRichard Baldwin教授が参加していることです。
Baldwinと言えば、新経済地理学の大家で、輸送費と独占的競争を駆使した貿易モデルについて数多くの論文を書いている研究者です。代表的な本には次のようなものがあります。

Economic Geography And Public Policy

Economic Geography And Public Policy

 
 
そのBaldwin教授の講演からいくつか大事なところを紹介しておきます。

グローバリゼーションは従来考えられてきた側面と異なる新しい側面を見せている。従来の側面は第一次のUnbundling(分離)の現象として考えられる。これは生産と消費の分離として定義されるもので、特に財の貿易コストが急速に低下したことに起因している。旧パラダイムと位置付けられるこの分離は、1870年頃から現在に至るまで、リカードやヘクシャー・オリーンモデルといった基本的な貿易理論によって説明することが可能である。これに対して第二次の分離現象は、工場とオフィスの分離によって定義づけられ、財の貿易にとどまらない“tasks”(業務)の貿易が生じていることを意味する。これは主にアイデアの貿易コスト低下によるもので、1980年代中頃から現在にわたる新パラダイムとして位置付けられる。

新旧パラダイムの徹底的な違いは、財の貿易から業務の貿易になることで、グローバル化の勝者と敗者が業務に応じて決定されるということである。以前は、セクターやチームという単位だったものが個人という単位にまで国際競争に晒されるようになったという点に大きな違いがある。

この違いが政策決定に対しても影響を及ぼす。第一に注意すべき点として、予測が不可能であることが挙げられる。生産を企業とオフィスに結びつけている“Glue(糊)”が何かということが判らないため、どの業務がそれぞれ生産から分離可能であるのか予測できないという問題がある。第二に、オフショアリングが始まることには突然性を伴うことがある。また、第三に、政策決定の違いとして個別性が生じる点がある。業務レベルの貿易の加速により、従来考えられてきたセクター/企業/地域向けの政策ではなく、個人向けの政策が必要となってくるのである。したがって暫定的な政策への影響として、勝者と敗者の区別を付けることが困難であることが指摘できる。

結論としてまとめると次のようなことがいえる。第一に、新たに可能となる業務の貿易から得られる利益は、従来の財の貿易を通じて得られる場合と同じように得ることができる。第二に、業務の貿易による国内産業の痛みは、これまで見られたような技術レベル、職業経験、セクターとの相関が低くなる可能性がある。第三に、社会政策よりも、より政治的な判断を必要とする政策が必要となる可能性がある。たとえば雇用の保護ではなく、労働者保護の政策が必要となるであろう。第四に、グローバル化を促進しながら、国内調整によって痛みを緩和し、新たな機会を模索するような政策が労働者レベルで必要となるであろう。

 
簡単にまとめると、IT(情報通信)技術の発達によって、生産だけでなく様々な事務やサービス業務まで国際化されるようになってきた現在では、産業や企業単位の政策(例えば、輸入関税政策や補助金政策)ではなく、個人・労働者向けの政策が必要となるということですね。
なぜなら、産業や企業の生産が丸ごと海外に移転するのではなく、企業は業務ごとに海外に移転するか国内に留まるかを選択するために、同じ産業・企業内でも勝者と敗者が別れてしまうことに加えて、具体的にどの業務に携わっている労働者が敗者になるかが簡単に予想できないからである。
 
このため、実際に政策を考える際には、これまでのような産業や企業単位のデータだけでなく、各業務ごとのデータを用いた経済分析が必要となることが考えられます。
そのことについて、このセミナーでは、若杉教授と富浦教授による日本企業を対象とした海外アウトソーシング(業務の海外委託)の実態に関する実証研究について報告されました。
業務のアウトソーシングに関する研究結果は次のようなものです。

アウトソーシングに関する調査結果から、第一に海外アウトソーシングを実施している企業は一部の企業に限られることが判明した。また、国内のアウトソーシングをせずに海外アウトソーシングを実施している企業はほとんど存在しないことも判明した。さらに5年前どうであったかという回答と現在の回答を比較すると、海外アウトソーシングする企業は増大している。次に海外アウトソーシングの業務内訳について、調査対象が製造業企業に限られていることが少なからず影響していると思われるが、7割以上が生産に関する業務(工具・金型、部品・中間財、最終財の加工・組立)であった。地域別では、件数で中国が5割以上を占め、ASEANとその他アジア地域を含めると8割近くがアジアに集中している。外注先の企業に関しては、同じく件数で見る限り4割程度が海外子会社に対する企業内取引であった。海外アウトソーシングに重要な要因としては、生産業務のアウトソーシングには低コストであること、専門的サービス業務のアウトソーシングには規制緩和であると回答した企業が多い。また、自社子会社や日系企業へのアウトソーシングは、従来から取引関係のある国内取引先への配慮が影響していること、外国企業向けのアウトソーシングには外注先候補に関する情報を得ることが重要であることなど示している。

 
今後は、このような業務ごとのアウトソーシングの実態に関する実証研究がどんどん進んでいくんでしょう。
理論モデルはどのように変化するのかなあ。生産拠点の移転の研究だけでも大変なのに、業務ごとの海外移転だからなあ、難しそうです。
 
今日はこの辺で
 
今日の一枚

ON THE STREET CORNER 2

ON THE STREET CORNER 2

クリスマスイブと言えば、山下達郎!ということで、山下達郎のアルバムを紹介します。と言っても、あの「クリスマスイブ」が入っているアルバムではなく(だって持ってへんもん)、多重録音を駆使した一人アカペラアルバム「On the Street Corner 2」です。
僕は実は山下達郎のファンでもなんでもないのですが、このアカペラアルバムは大好きですね。「Amapola」「So Much in Love」「You Make Me Feel Brand New」あたりが最高です。それに「Silent Night」「White Christmas」の2曲のクリスマスソングもアカペラならではの厳かさで良いです。
冬の寒い日にぴったりのアカペラアルバムです。